【短編小説】2人の1000億
【西暦2100年 3月 31日】
私は明日、80年の歴史を持つ名門私立〇×高校に入学する。
〇×高校は創立より続いている独自のシステム「マンマネー」で受験生から人気を集めている。
「マンマネー」は〇×高校創立者である偉い学者先生が作ったAIで、驚くことに人の価値を金額に換算することができるのだ。
2015年から2020年にかけて世界はAIバブルと言われる技術発展時代を迎えたが、バブルとは弾けてしまうもの。
2020年以降、AI技術は衰退の一途を辿り、現存している中では「マンマネー」は世界最高峰のAIのひとつと言われている。
ご多分に漏れず、私も「マンマネー」に惹かれて入学を決めたクチだ。
明日の入学測定で私の価値が定まる。
私は未来への希望で胸が張り裂けそうだった。
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【西暦2100年 4月 1日】
入学測定では性格診断テストのようなものに答えさせられた。
通常の性格診断と違うのは、ときおりIQテストのような設問も混じっていることと、すべてに回答するのにたっぷり3時間も要するところだ。
3時間のテストの後、1時間程度待つと測定結果を教えてもらえた。
私の希望は打ち砕かれた。
どうやら私の価値はたった5円らしい。
両親は「機械なんかに人の価値がわかるものか。自分の価値は自分で決めるものだ。」と励ましてくれたが、「マンマネー」の正確性は80年の歴史が証明している。
私が何者にもなれないなれないことは、この日決定されてしまった。
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【西暦2100年 4月 10日】
入学式を終えた教室は喧噪に包まれていた。
このクラスにとんでもない金額をたたき出した生徒が現れたのだ。
それも2人も。
一人はクラスメイトのA君。
彼の価格は、なんと1000億円だという。
我が校始まって以来の最高金額だ。
将来はノーベル賞か総理大臣か。
いや、その両方を同時に狙える逸材である。
そしてもう一人は不肖私である。
5円という金額も過去最低金額なのだそうだ。
将来は国際指名手配犯か、それとももっとひどい何かだろうか。
クラスメイトたちの「アイツの将来は一体どうなってしまうんだ?」という心配と好奇が入り混じった視線を強く感じる。
「マンマネー」は世界的に注目を集めている。
明日にでもA君の存在は報道ベースに乗り、彼は世界的ヒーローになることだろう。
一方私のほうはスポーツ新聞やネットニュースに面白おかしく取り上げられるのが関の山だ。
A君と私。
9999億9999万9995円の差が早くも現れ始めていた。
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【西暦2100年 10月 1日】
入学から半年が経過した。
意外なことに、入学時はA君と私に成績上の差はほとんどなかったのだが、最近は徐々に差が開き始めていた。
A君が1000億円の男としての頭角を現し始めているということだろう。
しかし、成績の差はジワジワと開くだけだったが、生活の差については既に雲泥の差がついていた。
将来を嘱望されるA君は国民的英雄であり、クラスメイトからの支持も絶大である。
休み時間になるたびにクラスメイトに取り囲まれ、下校すればマスコミに取り囲まれる生活を忙しそうに送っている。
周囲への対応に忙殺される生活は大変そうに映るが、そう見えるのは価値なき者の僻み根性だろうか。
一方、私はクラスの中で孤立してしまっている。
私のような将来が不安視される人間と交流を持つこと自体が人生にとってマイナスになる、などと思われているのだろう。
しかし彼らを責める気にはなれない。
私だって逆の立場ならそうするだろうから。
5円は5円らしく慎ましやかに、他人に迷惑をかけず生きるのが一番だ。
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【西暦2100年 12月 15日】
今日のホームルームで衝撃的な発表があった。
入学測定のときのデータを「マンマネー」に入力する際にミスがあり、私とA君のデータが入れ替わってしまっていたというのである。
つまり、本当は私が1000億円の男で、A君は5円の男だったということだ。
「今まで5円の男としてクラスメイトたちから蔑まれていたのは何だったのか」と一瞬だけ思ったが、その不満は喜びの大波の前に瞬く間にかき消された。
私が1000億円の男!
入学以来ずっと灰色に見えていた世界が虹色に輝き始めた。
私は何にでもなれる。
私はどこにでも行くことができる。
5円のときは他人に迷惑をかけないことにばかり頭を使っていたが、これからは1000億円の男として、自分の才覚の活かし方に頭を使っていかねばなるまい。
1000億円の男に相応しい能力と気品を身につけられるように努力せねば。
A君がそうしていたように。
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【西暦2103年 3月 1日】
長かった学園生活もいよいよ今日が最後だ。
1000億円の男になって以来、私はとても忙しい青春を過ごした。
5円の男だったときは素っ気なかった級友たちが私を放ってはおかなかったのだ。
私は友人ができたことが嬉しかったし、彼らからの期待に応えられる自分でありたいと思った。
様々なメディアからの取材や講演会への招待などもあったが、私はそれよりも友人たちとの時間と学業を優先した。
その甲斐あって、春からは名門国立の△大学に入学することが決まっている。
一方、A君も忙しそうであった。
9999億9999万9995円の凋落を果たした彼は人々からおおいに失望され、私が5円の男だったときよりも周囲からの蔑みは遥かに強かったように思う。
「5円のくせに今まで偉そうにしやがって」と心無い言葉をかける級友もいた。
しかし、A君はそんな言葉は気にせず1000億円の男であったときと変わらない態度、変わらない努力を続けていた。
その結果、彼もまた△大学に進学するようだ。
私と同じ大学に行くと5円の男として虐げられるだろうに、彼は気にしていないようであった。
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【西暦2153年 3月 1日】
あの卒業式から50年が経った。
私は現在△大学の教授に就いている。
何の因果か、私の運命を翻弄したAI分野の教授だ。
私の功績もあり、AIの研究は「マンマネー」が作られた当時と同レベルにまで発展しており、私は第二の「マンマネー」を作るのに最も近い男として目されている。
そういえば、A君は今何をしているのだろうか。
私と同じくAIに運命を翻弄された彼の末路に対し、私は強い興味を持っていたのだが、「5円である彼と交流を持つことは私にとってマイナスになる」と周囲の反発が激しく、彼と親交を深めることは叶わなかった。
結果、大学入学以降だんだんと疎遠になってしまい、今は連絡先もわからない。
なぜ私が数十年ぶりにA君のことを思い出したかというと、先ほど、AIの権威として「マンマネー」を解析するという仕事が舞い込んできたからだ。
懐かしの母校への凱旋帰還だが、それだけで終わらせるつもりはない。
「マンマネー」の技術を解き明かし、もっと素晴らしいAIを作る礎とするのだ。
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【西暦2153年 3月 2日】
「マンマネー」の解析をした結果、驚くべきことがわかった。
「マンマネー」の価格測定機能は非常に高度で、残念ながら今の私では理解できなかったのだが、測定結果の表示部にプログラムミスが見つかったのだ。
プログラムミスにより、1000億円以上の金額はすべて5円と表示されるようになっていた。
最大金額として設定されていたのが1000億円だったため、それ以上の金額は正常に表示できないようだ。
また、このプログラムは最低金額でも同じミスをしていた。
最低金額の5円を下回る金額はすべて1000億円と表示されるようになっていたのだ。
この事実はある現実を示唆している。
1000億円の男である私は、実際は5円以下の男である可能性が高いという現実を。
さらに、裏返すと、A君は1000億円以上の価値を持った男であったということも推測できる。
私の人生の根底が揺らいだ瞬間であった。
しかし、この事実は私にとって大した意味を持たないように感じた。
なぜなら、私はもう自分の価値を自分で決めているのだから。
私が1000億円の男になるキッカケを与えてくれたのは、確かに「マンマネー」からの神託であった。
だが、私は今までの人生で1000億円の男に相応しい困難を越えてきた。
己を高め、苦境を打破してきた。
今の私は紛れもなく1000億円の男だ。
「マンマネー」による測定結果がどうであろうと、私自身がそれを強く確信している。
それこそが最も肝要なことなのだ。
ここまで考えて、5円の男になった後もA君が努力をやめなかった理由がやっと理解できた。
彼もまた、自分の価値を自分で決めていたのだろう。
私より50年も早く自分の価値を決めることができたとは、さすがは「マンマネー」も認める1000億円の男である。
大したものだ。
だが、私だって1000億円の男だ。
負けてはいられない。
今、彼はどこで何をしているのだろうか。
級友たちを辿れば彼の連絡先を手に入れることができるだろうか。
彼との交流が私の人生にとってプラスだとかマイナスだとかそんな計算は抜きにして、私は彼と友人になりたくなった。
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【西暦2153年 3月 3日】
「マンマネー」を解析したとき一つだけ違和感を覚えた箇所があった。
価格測定部は人知を超えた緻密さでプログラムが構築されていたにも関わらず、なぜ表示部のプログラムにあれほど単純なミスが存在したのだろうか。
この謎について私は今日一つの仮説を思いついた。
あのミスはわざと残されていた、という仮説である。
元々の価値が高い人間は自分で価値を決められる。
逆に、元々の価値が低い人間は、周囲に価値を認めてもらわなければ、自分に価値を見出すことができない。
「マンマネー」の設計者はそれを理解していたのではないか。
だから元々の価値が低い者を鼓舞するために、自分に価値を見出すキッカケを与えられるように、あのバグを仕込んでいたのではないか。
設計者はとっくに他界しているため、真実は知る由もない。
だが、私は自分の生徒たちの価値を誰よりも高く認めてあげられる教育者であろう、という決意を新たにすることができた。
これもまた、自分で決めたことなのだ。