寮長閣下
最近、私が住んでいる社員寮が老朽化により移転した。
まぁ老朽化というのは外向けの説明で、実情は空き巣が頻発したからなのだが。
移転に伴い、新しく寮長という役職を設けるそうだ。
寮民の中で最も古株だという理由で、私が任じられた。
寮長、いい響きである。
出世するのが嫌で特に主義主張もないのに上司に歯向かい続けていたため、出世コースから見事に外れている私だが、ついに役職に就くときがきたわけだ。
権力とは、かくも甘美なものなのか。
さしあたり、寮民たちには私のことを寮長閣下と呼ぶように徹底させよう。
あと、寮税も徴収したい。
税の使い道は特に考えていないが、権力者といえば税を徴収するものなのだ。
民草を重税でヒィヒィ言わせてやる。
ささやかながら、会社から運営費のようなものも出るようだ。
玄関に私の銅像を建てよう。
私という象徴の下に集うことで、民衆の結束も強まるだろう。
像を建造するのに運営費では足りなかった場合は、寮税を使えばいい。
さらに、寮内通貨の発行も考えている。
もちろん、紙幣には私の肖像を印刷する。
寮のためになることをすれば寮内通貨を獲得できる仕組みにしよう。
寮の中だけで経済が回るようになれば、いずれは本社から独立自治権を獲得するのも夢ではない。
寮長権限で毎月一人若い生娘を生贄に要求したりしてもいいのだろうか。
現状の私は人間を喰らうことはできないが、立場が人を作るという言葉もある。
寮長を一年も勤めあげたころには、私も立派な醜悪な人食い鬼に変貌を遂げているはずだ。
権力者がモンスターになるのも、いわゆるひとつのお約束ってやつだろう。
と、ここまで想像を膨らませていたのだが、話を聞けば「1人では大変だろうから」という理由で、寮長は2人選出されるらしい。
ありがた迷惑だ。
権力を私一人に集中させられないじゃないか。
指導者が2人もいたら派閥争いになるに決まっている。
徴税の前に、私は同僚を一人手にかける必要があるらしい。
心苦しいことだが、私の帝国の礎となれることを誇りに思ってくれれば幸いである。