「せっかく」使いの一日
私の勤める会社の食堂では日替わり定食が提供されている。
というか、日替わり定食しかメニューが存在しない。
昨日は創業記念日の特別メニューでステーキ定食が食べられた。
しょせん500円のステーキ定食だからペラペラの薄いステーキなのだが、いつもとは違う少し高級なメニューに私は興奮していた。
興奮のあまり、同僚のステーキのほうが私のステーキよりちょっと大きいだとかそういう他愛もない話題で大はしゃぎしていたくらいだ。
しかし、500円のステーキは少しボリュームが物足りなかった。
なので、私と同僚は次の休日(つまり今日)にステーキを食いに行くことにした。
更に、同僚は「せっかくだから松阪に行って松阪牛のステーキを食おう」と刹那的なことを言い出した。
私は安物のステーキでも量を食べられれば良かったのだが、「せっかくだから」と言われるとそんな気もしてくる。
「せっかく」には魔力がある。
私は彼の考えに乗ることにした。
翌日、私たちは朝の10時から車で松阪に向かった。
もともとは2人で行く予定だったのだが、松阪出身の同期がいたため「せっかくだからあいつも誘って美味しい店を教えてもらおう」ということになり、3人組での弾丸旅行である。
今思うと、ここで2つ目の「せっかく」が現れていた。
松阪は遠かった。
たっぷり3時間かかった。
「せっかく」のせいでただの昼飯にえらく遠出してしまったものである。
しかし、同僚たちとワイワイしながらの道中はとても愉快であった。
こういう旅行もたまにはいいもんだ。
道中のサービスエリアで、金玉丸出しのタヌキを写真に収めることもできたので、3時間の価値は十分にあったと思う。
服を着ているのに金玉が丸出しで上級変態の趣がある。目もなんかアブナイ感じがする。
ステーキ屋さんは松阪出身の同期がオススメするお店にした。
ただ、一つ誤算だったのが、ステーキが150gで二万円もしたことだ。
同期は「せっかく松阪に来たんだから、いい肉食べないと!」と息巻いていた。
またしても「せっかく」である。
ここで気づいたのだが、「せっかく」が重なるたびに価格がインフレしている。
500円のステーキからスタートしたのに、気がついたら2万円とは恐ろしい話だ。
「せっかく」は財布を犠牲にしてテンションを上げられる呪文だが、重ね掛けにより犠牲が看過できないレベルに達してしまった。
「せっかく」は禁呪だったということか。
今後の人生において、「せっかく」の重ね掛けを使う際は細心の注意を払う必要がありそうである。
とはいえ、ステーキはバッチリ美味しかった。
今まで食べたものの中で一番美味しかったかもしれない(一番高級だったのは間違いない)。
松阪出身の同期は「やっぱ松阪牛はステーキより焼肉のほうが合うな」みたいなことを言って不満顔であったが、次元の高い話すぎて私には理解できなかった。
アバン先生とハドラーが戦うのを眺めるポップはこういう気分だったかもしれない。
「せっかく」によるインフレの渦に翻弄された一日だったが、道中は楽しかったしステーキは美味かったし、かなりご機嫌な休日だったと言える。
またこんな旅がしたいものだ。
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