暴れゴリラ2忍法帖

現役女子高生未亡人が日々を綴ります

男の戦いって知ってますか?

こんにちは。

現役女子高生の突撃類人猿と申します。

 

突然ですが皆さん、男の戦いってご存知ですか?

男の戦いとは、電車でウンコを我慢することです。

 

 

中学生のとき、塾の先生に問われたことがあります。

「君たちは人生で死ぬほど頑張ったと胸を張って言えるほど努力した体験はあるか!?今こそが男の戦いだと感じたことはあるか!?」

私たち生徒が高校受験に立ち向かう勇気を出せるようにと、先生が届けてくれた熱いエールです。

 

しかし、残念ながらこのときの私は中二病まっしぐら

今思い返しても、キツネに憑かれていたとしか思えないくらいに斜に構えていた時期です。

 

ですので、先生の真っすぐなエールは私に届かず、勇気を湧かせることもありませんでした。

湧いたのはせいぜい、「このご時世に男だ女だ言うのはコンプライアンス的にリスキーなんじゃないかな」という老婆心くらいです。

しかし、普段は大声を出したりしない先生が珍しく大声を出していたのが印象的だったので、この出来事はずっと心の隅っこに引っかかり続けました。

 

 

時は流れ、私が大学生になったときです。

私は実家を離れて大学の近くで一人暮らしをしていました。

とはいえ、家業の手伝いのために頻繁に実家に呼び戻されていたので、一人暮らしというよりは0.5人暮らしくらいだったかもしれません。

ちなみに、実家に帰るときは片道1時間の特急電車(+こまごまと乗り換え)に乗る必要があるのですが、後にこれが私にとって地獄の超特急となります。

 

腹に爆弾を抱えた下痢人類にはあるあるネタでしかないのですが、駅と駅の間隔の長い電車というのは21世紀のバスティーユ牢獄です。

仲間の情報を洗いざらい吐いても続けられる無慈悲な拷問となんら変わりはありません。

ですから、電車での便リスクを考慮して、早めに起床し、早めの電車に乗るという、便に備えた後の先の体制を整えることは、私には決して欠かせない戦仕度でした。

 

 

駅のトイレに紙が設置されていなかった場合に備えて、水に溶けるティッシュを常にサイフに入れるほどに後の先が完成されたある日、私はいつものように実家に呼び出されることになります。

もちろん私はその日も early do, no shit <漏らさぬが仏> な行動を忘れません。

 

しかし、その日のもう一人の僕(便意)は少々狂暴でした

全く便意を感じていない状態で駅を通過し、ドアが閉まった直後にマックスボルテージになるという奇襲作戦を仕掛けてきたのです。

 

このとき、私には確かに男の戦いのゴングの音が聞こえました。 

「そうか、今がその時なんですね、先生」

そこにあったのは、この戦いが間違いなく人生最大の戦いになるという確信です。

 

 

戦いは熾烈を極めました。

まず、便意の極みで座席に座っていられなくなります

突然無言で席を立つ私を見つめる、隣の席のオッサンの怪訝満面な顔が今でも忘れられません。

 

次に、全身から脂汗がにじんできました

ヨッシーアイランドでワタボーに触れたときみたいに視界がグチャグチャになって前が見えなくなり、さっきは座っていられなかったのに、今度は立っていられなくなります。

立ったり座ったりする私を、車両中の人が怪訝を通り越して怯えた目で見ていたのをよく覚えています。

極限の苦しみを見た人間が抱く感想は「恐怖」なのだとこのとき学びました。 

 

 

そんなこんなで、私は脂汗をにじませながらしゃがみ込んでいたのですが、ついに戦いに決着が訪れました。

次の駅に着いたのです。

目的の駅ではありませんでしたが、そんなことは「きのこの山たけのこの里」くらいの些事です。

 

男の戦いに勝利したことを私は確信しました。

私は後の先の一環として、実家までの駅のトイレの位置はすべて把握しているので、あとはトイレに行くだけです。

私は走りました。

大便器が空いていない可能性もありましたが、「そのときは小便器にすればいいだろ」とか考えながら、走りに走りました。

今思うと完全にワイドショーでお世話になる人の発想ですが、このときはそのくらい追い詰められていたのです。

 

幸い、大便器は空いていました。

純度100%の「嬉しさ」を感じたのは後にも先にもこれが初めてです。

 

しかし、これがいけなかった

嬉しすぎて肛門が緩んだのです

個室に入ってズボンを下した瞬間、私の茶色い火山が嬉しボルケーノしてしまいました

 

ズボンは降ろしていたので無事でしたが、残念ながらパンツはワンパク坊主が全力で泥遊びしたあとみたいな惨状です。

ズボンは守れましたが、パンツは守れなかったので、男の戦いの結果は引き分けというところでしょうか。

私は世にも珍しい、男の戦いに引き分けた人間になったのです

 

 

しかし、今になれば引き分けという結果は悪くなかったと思っています。

私は男の戦いに勝利した者の誇りも、敗北した者の優しさも知ることができたのですから。

両方を経験した私は無敵です。

たとえ上司に怒られても、「ウンコも漏らしたことない下郎がピーチクパーチク吠えておるわ」くらいにしか感じません。

ウンコを漏らすのはサラリーマン必見のライフハックだったのかもしれません。

このご時世、パンツを一枚おしゃかにするだけで上司が怖くなくなるなんて破格の好条件です。

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